2007年4月27日午前11時30分、参議院本会議場においてICC国際刑事裁判所[1]条約関連法案が197対0の全会一致で可決されました。
この条約の早期批准が私の最大の公約でしたのでこの瞬間に立ち会えた幸せをかみしめています。
しかし条約批准はゴールではなく新しいスタートに過ぎません。
充分に機能していない国連の 集団安全保障体制の改革に向けて、ICC加盟国日本が貢献できる可能性を考えると身の引き締まる思いがします。
私の今後の政治活動はICCの射程をさらに広げ「人間の安全保障」[2]という我国が高く掲げる理念を具体的な条約や立法活動に結びつけることを目標にしたいと思います。
なぜならICC国際刑事裁判所の根底にあるものは「人間の安全保障」の理念そのものだからです。
エネルギーと原材料のほとんど、食料の60%を海外に依存する日本が「日本人の安全保障」ではなく「人間の安全保障」を外交の柱にしているのは当然のことです。
なぜなら資源の乏しい日本が通商国家として生きて行くには世界の平和と安定が大前提だからです。
だからこそ日本は1998年小渕総理以来この考え方を 積極的に提唱し、国際的にも普遍的な価値を持ちつつあるのです。
最近ではJICA理事長で元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏、インドの経済学者でノーベル賞受賞者のアマルティア・セン教授の提言を踏まえて2005年の国連事務総長報告『In Larger Freedom』(より大きな自由を求めて)で確認され、その後の国連サミットでもしっかりと議論されています。
国際的な認知だけでなく我国憲法にも「人間の安全保障」が謳われています。
前文の「われらは、全世界の人々」[3]がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という宣言は「人間の安全保障」であり、アナン事務総長も 「Freedom from fear, freedom from want」と全く同じ表現をする現代的な課題でもあります。
しかし残念なことに、日本が先頭に立って提唱してきたこの理念が、我国の政策課題として定着し ているかと問われれば、首を傾げざるを得ません。
最近のイラク特措法の延長、集団的自衛権の見直し、そして改憲論議など、どれをとっても 内向き・同盟関係偏重で、国際社会の将来像が見えない議論ばかりです。
理念も戦略も見えてこない外交では、最後は同盟国の信頼を失い、国際社会の信頼を失 い、ひいては国益を失うことになります。
今こそ日本が先頭にたってきた「人間の安全保障」という理念を政策化し、国連改革を自らのこととして捉える日本の 姿が求められていると思います。